ゴミ山の管理者に連れられて。「〇〇政府の出資でできたんだ。」 #ゴミ山潜入ルポ5

 

第三章『 現実』

ゴミ山と面している広いダンプカー用の駐車場を見つけた。

そこで、子どもたちがタイヤの廃材を転がして遊んでいる。

 

 

▶︎廃材で遊ぶ子ども。

 

視線を感じ、振り返ると自分の後ろに工場らしき建物の門があった。門の向こうで二人の作業員が陽気な口調でこちらに話しかけてきた。

「どこから来たんだ。」、

「一人か。」、

「なんでここに来たんだ。」、

久しぶりに聞く英語に妙に安心した。

「私は日本人の学生で、記事を書くためにここに来ました。質問をしても良いですか。」と話した。

すると、門越しに、質問に対してくしゃくしゃな笑顔で色んなことを教えてくれた。

目の前にある駐車場は、この辺に住んでいる子どもの公園であるということ。

学校に行ける子もいれば、行けない子もいるということ。遊び道具はすべてゴミ山から拾ってくるということ。

夢中になって話をしていると、急に彼は顔色を変え、真面目な表情になった。会話に夢中になりまったく気づかなかったが、私の後ろに恰幅の良い眼鏡をかけた男性が立っていた。

先ほどの男性と同じ質問をしてきたので、同じように答えると、

「What do you need?」と重々しい雰囲気と声音で聞いてきた。

そのあまりに直接的な表現に、脈が速くなったのを感じる。

記事を書きたいことを伝えると、門が開いた。中で話をしようとのことだった。

そのまま、私は応接間に入れてもらい、鍵を閉められたら大変だと焦りに焦っていると、先ほどの眼鏡おじさんが部屋に入ってきた。名刺をもらう。彼は、このゴミ山の管理者だった。

 

四十分ほどゴミ山の管理者である彼から話を聞いた。私がつたない英語しか話せないことに配慮して、紙に図を書き丁寧に説明をしてくれた。今思うと、とても親切な人だった。

私が登ったゴミ山は、現在、閉鎖されておりゴミは新しく運ばれてこない。

私が足早に歩いてきた一本道に数か所あった集積所が今は稼働しており、人びとはそこで働いているらしい。

 

▶︎稼働しているゴミ山集積所。

 

ゴミ山はセブ市中から集められたゴミでできたことも知った。

フィリピンは資金が足らず、ゴミを燃やすことができないらしい。

「このゴミ山は日本政府の出資でできた」、その言葉を聞いた瞬間に、話が急に現実味を帯び、思わず前のめりになる。

昂奮した。本当はゴミ山になる予定ではなく、色んな管理会社が区画ごとに分け、しっかりとゴミを並べて管理するプロジェクトだったという。

しかし、一九九十年代から続いた出資も終わり、ゴミ山となってしまった。出資がある時は多くの雇用が生まれていた事実を知り、人々の生活を支えていたことを知った。

当時、多い時は六十人ほど雇用し彼らはゴミ山で分別をする仕事に就くことで、今の生活よりも高い賃金を貰いながら生計を立てていたという。

 

現在、会社はわずか六人ほどの社員で構成されている。日本人との写真を笑顔で見せながら、思い出話に花を咲かせるような口調で彼は語ってくれた。

 

▶︎ゴミ山管理会社の経営者の方と働いている方。

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