来た道を戻り、さらにゴミ山の真裏に行ってみる。
うっそうと茂るヤシの木かパパイヤの木か分からない木が、ゴミ山と対照的な存在になり、ゴミの存在を異様なまでに意識させる。

▶︎ゴミ山の裏側。
足元に注意しながらゆっくりと歩いていると、「アニョハセヨ」と、林から聞こえた。
木々に阻まれて、どこに声の主がいるのか分からない。
困惑しながら、なお、歩く。すると、その声の主が大勢といることが分かった。
ハンモックを木に吊るし、何やら集まっている。
「こんにちは」とあえて日本語で話しかけてみる。日本人であることをこれほどまでに意識している自分に驚いた。
十人ぐらいのグループが非常に小さな空間に集まっており、私のことをめずらしそうに眺めている。
手招きをしているので、話してみようと思った。
ゴミ山の真裏で、しかも、人目につかない林の中で襲われたら、まず生きて帰れないと想像をしつつも、彼らと話してみたいという好奇心の方が勝った。怖くないはずがない。しかし、目の前に会いたい人がいるから、私は会い行く。
現地語で挨拶をすると、やはり笑顔が返ってくる。

▶︎まさかこんなところで声をかけられると思わなかった。
すぐに打ち解けることができた。本当に現地語での挨拶は効果的だ。
片言の英語を話せるようだったので、私が日本人であること、学生であること、ゴミ山に取材で来たことを伝えるとなぜだか、すごく喜んでくれた。
そのうちの一人がおもむろにナイフを持ち、地面にしゃがんだ。
その瞬間、一斉に黒い塊が飛んだ。
黒い塊が不規則な動きで飛んでいる。
パパイヤを食べるかと言われて初めてそれがパパイヤであることを知った。
思わず鳥肌がたった。
黒い塊は無数のハエだった!
断り切れず、小さな声で食べると言った。
さっきまで無数のハエが集っており、黒い塊だったパパイヤを、大きめの容量のペットボトルに入れてある水をかけながら、手洗いしてくれた。どこからか汲んだどんな水か分からない怖さと、先ほどのハエの集る様を見たのにも関わらず、意外と冷静な自分がいた。
飲み込まなければ大丈夫だ。

▶︎パパイヤを食べるとものすごく喜んでくれた。
きっと私の顔は引きつっていただろう。それでも、私は食べた。白い果肉がついたパパイヤをゆっくりと口に運ぶ。
食感は硬く、歯ごたえがある。
味はない。
臭いも無い。
正直、まずい。チリソースをつけるかと聞かれたが遠慮した。
辛いのは単純に苦手だということと、そのチリソースはハエが無数に浮いていたからである。
とてもではないが、体内に入れたくないと反射的に思った。
本能が危ないと語りかけてきた。私が黙々と食べる様子を見て、歓声が上がった。
歓声に飲み込まれ、パパイヤを砕くように無理やり口の中に詰め込んでいく。
さっきまで、ハエが無数に集っていたパパイヤの様相が脳裏に浮かんだ。
喉を通るわけがない。
口の中の異物感がさらに気持ちを憂鬱にさせた。
彼らと写真を撮り、お礼を言って別れた。
私の姿が見えるまで手を振ってくれる。
まだ口の中に残るパパイヤを、彼らが見えなくなった途端に吐き出した。
体内にいれてはいけない。間違いなく病気になる。
そんなリスクを頭の中で考えながら、本当に彼らを理解するためには、同じ空気を吸い、同じ食べ物を食べ、同じ寝床で寝て、そして同じ言葉を話す必要があると確信した。結局、私は吐き出してしまったが。吐くのであれば食べなかったらよかったというのは、正論だろう。
しかし、口に入れることが目的であったと思う。彼らの笑顔と歓声がそれを物語っている。
私は何を食べていたのか。
なぜ食べているのか。そんなことはどうでも良かった。
味や臭いも心の底からどうでも良い。
今は、何より、彼らに認められたようで心地よい。
ただそれだけの感情が残った。