埼玉県在住難民取材〜蕨市〜

はじめに

2017年10月7日、埼玉県に住むクルド人への取材を行ってきました。

クルド人とは、トルコ東部、イラク北部、イラン西部などに居住している人たちのことで、これらの地域は「クルディスタン」と呼ばれています。「クルド」という国があるわけではなく、彼らは国家を持たない最大の民族と呼ばれています。そんな彼らの共同体が埼玉県にあります。彼らはなぜ、日本で暮らしているのでしょうか。

 

1.       彼らはなぜ、日本に来たのか

彼らが日本に来た理由。インターネットで調べてみたところ、さまざまな情報を得ることができました。そこに記されていたこと、それは、「迫害」です。90年代、トルコ政府による迫害を恐れたクルド人たちが知人を頼って日本に来たそうです。このような経緯で、祖国から逃れる人々のことを「難民」といいます。しかし、日本政府は彼らを難民と認定することができません。それはなぜか。日本政府が彼らを難民と認めてしまうこと、それは親日であるトルコ政府の迫害行為を認めることになるからです。難民として認められない彼らは、時として、「不法入国者」とされることまであります。その背景にある、国家単位での国際関係。簡単には説明できない。難しい問題だと思います。では、彼らにとって決して暮らしやすい環境ではない日本で、彼らはどのようにして暮らしているのでしょうか。

 

2.       クルド人の生活環境

取材中、トルコ料理店で昼食を食べていると作業服を着た2人組のクルド人男性が入って来ました。話を聞いたところ、年齢は50歳で8年前に来日したそう。職業は解体業。クルド人の雇用環境は厳しく、男性は飲食店を営むか、解体業か、というような状態だそう。思えば、取材中コンビニやスーパーなどで意外にも外国人が働く姿は目にしませんでした。厳しいのは、雇用だけではありません。例えば、教育。クルド人の小学生は特別な申請をしなければ、学校に入学することができず、学校に通えていない子供もいるそうです。通えたとしても、日本の子供達が容姿の違うクルド人を受け入れることは難しく。教育面では、まだまだ課題がありそうです。

 

3.       まとめ

 

当初、今回の取材では日本人とクルド人が共生する姿、というのを見に行きました。しかし、現実は厳しく。「共生」という言葉を使うには何かが足りないような気がしました。そこには、まだ壁があるように思えます。足りないものは、何なのか。それはまだわかりませんが、きっと目に見えないモノ。例えば、人情だとか。そういうモノだと思います。

 

人種は違えど、同じ人間なのだから。

手を取り合うことは出来るはずだ。

 

これから日本の難民問題がどうなっていくのか。まだまだ注目していきたいと思います。

 

(文/広大)

 

 

 

 

 

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